1 殺人で逮捕されるということ 

 テレビのサスペンス物はだいたいが死体発見から始まります。

 朝の冷気の中をジョギングするおじさんだか、おばさんだか、お姉さんだかの目の端になにか変なものが映る。そっと近寄ってみると、それが人の手で、その先には死体が!

そのおじさんだかおばさんだかお姉さんだかは腰を抜かし、携帯で110番。次のシーンでパトカーから降りてくる警察官。周囲に鑑識課員。停止線に沿って、侵入を阻止する警察官。集まる野次馬・・・

 

 でも、殺人の嫌疑をかけられた人にとって、殺人事件とは、こんなプロセスで始まるものではありません。

 まだ夜が明けていない頃にチャイムの音。眠りを破られるあなた。

シカトとして二度寝しようと思っても、しつこく鳴るチャイム。むかつきながら玄関のドアに向かい、「はい。どなた。何時だかわかってますか。」と言うと、

「●●警察署の者だ!」一瞬どきっとするけど、別に悪いこともしてない。訳もわからずにドアを開けると、何人ものおじさんだか若者だかがなだれ込んでくる・・・

 

 もっとも、逮捕状があれば、捜索はできますから、チャイムを鳴らすなんてめんどくさいことはせずに、ドアだのサッシのガラスを破ってなだれ込んでくることもあるでしょう。

 

 なだれこんで来た男達の1人がなにか書類を見せながら、「何月何日に、誰々を殺した容疑だ。」と言い出す。

え・・・頭は真っ白。自分が人を殺したなんてとんでもない話!書類を見せられても、そこに書いてあることを理解する余裕なんかなし。ましてや、その内容をメモするなんてことは、警官が踏み込んでくることをを覚悟していたどこぞの学園長の奥様にしかできるわけがない。

 警察官は、「なにか言いたいことがあれば、聞くぞ。」とか言う。「先週の水曜の午後9時時にどこそこにいただろうが。」と言われても、1週間前のことなど咄嗟に思い出せるわけがない。いつもだったら、もう仕事から帰ってきて、まったりしている頃。そう言うと、「誰か一緒にいたか。」一人暮らしで一緒にいた人なんかいない。そんな会話をしているうちに、その警察官、「何時何分逮捕。」と言って、手錠。

 

 身に覚えがあればともかく、まったく身に覚えがないことを言われても困ります。弁解しようにも、身に覚えがなければ、弁解のとっかかりすら頭に浮かびません。逮捕しようとするのに抵抗しようにも、周りには屈強な男達。抵抗すると、こっちが怪我しそうで、そんなことできるわけがありません。仮に抵抗すれば、公務執行妨害なんて言われて、殺人だけよりもっと長く閉じこめられる危険もあります。

 

 他の警察官は家の中をひっくり返して、なにかを探している。探すと言ったって、身に覚えがないんだから、証拠なんかあるわけがないと思っていると、殺人事件のサスペンス小説なんか見つけて、差し押さえるとか言っている。

 捜索が終わると、警察署に連れて行かれる。取調室に閉じこめられて、取調べ。最初はこれまでの経歴だの学歴だの預金額だの、右利きか左利きかとか事件と関係あるのかないのかわからないことを聞かれる。そのうちに、事件のことを聞かれる。「お前がやったんで間違いないな。」とか言われるけど、間違ってます!「オレ、そんなことしてないし!」と言うと、警察官はゴキブリを見るような目でにらみつけ「ほ~~否認でいいんだな。面倒かけると後で後悔するぞ。」となんて言ってくる。

 かなり長いこと取り調べられて、留置場に連れて行かれると、警官が所持品のリストなんか作り、すべて取り上げられる。

 また、取調室に戻されて、取調べが続き、お前がやったと責め立てられる。なにを言っても、まともに取り合ってもらえない。朝早くから夜夜遅くまで取り調べられてへとへて。、留置場に連れ戻されて寝ていいと言われても、怒りと不安で眠れない。布団の中で寝返りを打つばかりで、少しうとうとしたかと思うと、「起床!」とでかい声。布団をかたづけて、朝飯食うと、すぐに取調室に・・・

 

2 どうすればいい?

 こんな目に遭った場合、どうしましょうか。殺人事件は重大事件だから、誤認逮捕なんかそんなにないだろうと思う方もいらっしゃると思います。しかし、殺人事件こそ冤罪が多いのではないかと言う弁護士もいます。早いところ犯人を逮捕しないと、マスコミが大騒ぎしますから、疑いが薄くても、とりあえず逮捕して自白させればいいんだろうなんて考える警官がいないとも限りません。

 「営業か!」とか言われることを覚悟で言いますが、あなたは一刻も早く弁護士に相談すべきです。あなた一人では警察官の取調に太刀打ちできません。

 「オレはやっていない。やっていない自白なんかするわけがない。」と思うかも知れませんが、それはとても甘いと言ってよいと思います。戦後の冤罪事件では、ほとんどが犯人とされた人は自白しています。戦後直後は警察官は拷問して自白させていました。線香で鼻の穴をいぶすなんて手法もありました。今ではこんなあからさまな方法は使いません。でも、心理的に追い込んで自白させるテクニックはどんどん進歩しています。やってない人にやったと自白させることは十分に可能だと思っておいた方がいいでしょう。

 

 まずは、逮捕されたら、黙ってください。弁護士が来るまでの間に自白させられ、しかもそれをビデオに撮影され、決定的な証拠とされる危険があります。弁解しようとして適当なことを言って、それが本当でなかったりすると、「お前は嘘をついた。犯人だからだ。」とか言われて、追い込まれます。あなたには黙る権利があります。黙秘権は憲法上の権利です。

 弁解すればわかってもらえると思いますか?そんなことが絶対ないとは断言できません。でも、警察が逮捕状持ってくる以上、それなりの証拠があり、それなりの覚悟があるはずです。あなたが取り調べられているときに、警察署のえらいさんが「凶悪事件の犯人逮捕」とか記者会見を開いているかも知れません。あっさり釈放などしたら、警察のメンツはどうなりますか。

 

 取調べを受けるときに、第一に、完全に黙秘するという方法があります。第二に、取調には応ずるが、調書への署名や指印を拒否するという方法もあります。指印というのは、人指し指をスタンプ台みないなものにこすりつけて、その指を調書に押すというやり方です。捺印の代わりです。もう一つ、第三として、取調に応じて、調書への署名や指印にも応ずるという方法があります。

 身に覚えがない場合、第一の完黙か、第二の調書への署名・指印を拒否するかのいずれかが基本だということになりますが、まずは完黙でいくべきです。警察官に情報を開示すれば、それを逆手にとられてあなたの不利なように利用される危険があります。

 とはいえ、アリバイが完璧に成立するような場合には、第三の取調に応じ、署名・指印もするという方法が有効な場合もありえます。

 

 いずれにせよ、警察を甘く見ないことです。まずは法律の専門家にして、刑事弁護の専門家である弁護士を呼んでください。逮捕される前であれ、逮捕された後であれ、警察官に「弁護士を呼んでください。」と言って、完黙してください。警察官には弁護士を呼ぶ義務があります。その前に少しだけとか言われても、一切答えないこと。いったん言葉を交わし始めると、黙秘することがむずかしくなります。

 弁護士が来たら、どういう嫌疑がかけられているか、警察官にどんなことを言われているかをよく話してください。その上で、取調に応ずるか否か、署名・指印に応ずるか否かについて詰めた打合せをしてください。たとえば、アリバイが成立しそうな場合、弁護士が調査して、たとえば一緒にいた人の供述を書面にしてその人の署名・捺印をもらっておき、その上で取調に応ずるという方法も考えられます。

 いずれにせよ、事件は千差万別で、弁護士の方法も様々です。あなたがすべきこと、してはいけないことも様々です。一つだけ言えることは、弁護士を呼んで、弁護士と打合せをするまでは完黙してください。弁護士と面会できたら、弁護士に事情を十分に話して、最善の方法を考えてもらうこと、これがベストな方法です。